週報:退去
退去の立ち会いに行かなければならなかった。
調べたところ、立ち会いというのは眼の前で罪状を数え上げられ、その場で反証できなければ向こうの好きなだけ金をふんだくられるというもののようだった。無視しようかとも思ったが、すると今度は却ってケツの毛までも毟られるということだった。だから曇って湿った空気のなかを、出頭する気分で旧居へ向かった。
人、人、スーツケースと子供の群れ。乗り換えるたびに少なくなっていく。ひとつ乗り換え、ふたつ乗り換え、ついには部屋に着いてしまった。
ベランダでタバコを吸っていると検察官がやってきた。どうもやる気のあるやつではないようだった。挨拶だけするとすぐに仕事を始めた。
「では入口の鍵から。どうも近頃鍵がよく壊れるんです。30年前の建物ですし、磁石式なのでね。」
「はぁ…。」
蛇口、電球、棚、換気扇、バスタブ…。1ルームなので時間はかからなかった。
「床に傷はありますが、入居時に頂いたハガキに元からあったと書いてありますね。綺麗に使われていたようです。では契約の通り、清掃代だけで結構です」
拍子抜けだった。言われてみればそういう物を出していたような気もした。差し出された液晶を見ると、清掃代3万円に加え、見知らぬ2万円のエアコンクリーニング代も載っていた。
「清掃とは別でエアコンクリーニングとありますけど、契約書には載ってなかったような気がするんですが。」灰のついた契約書をめくりながら伝えた。
「ああ、失礼しました。確かに無いですね。では敷金から部屋の清掃代だけ差し引いて、残りはお返しします。今日はもう帰って結構です。」
それだけだった。
部屋を追い出された時には既にあたりは夕日に染まっていたが、飯にも早かったので散歩をすることにした。マンションのエントランス、川沿いの並木道、歩道橋。たしかに2年を過ごした場所だったが、思い入れは特にないようで、風景からは無感動に、ただ過ぎ去った時間が蘇るだけだった。
1時間ほど歩くと腹が減ってきたし、夕方のサイレンも鳴ったので、唯一通っていたラーメン屋へ寄ってビールを飲んだ。相変わらず美味しかったが、他に客は誰もいなかった。店を出る頃にはあたりはすっかり暗くなっていた。